言葉のまやかし


久々のブログです。
最近はパソコンに向かうことが多く、逆に文章を書く気になれませんでした。

最近、「ヴァガバットギータ」を読み始めました。
ヨガをする上で、「ヨガスートラ」と「ヴァガバットギータ」は読んでおくべき本としてあげられている。でも、今まで読む気になれなくて、、、。

でも、読んでみるととても面白い!
面白いというのは、理解できて物語が面白いというよりも、読んでいなかったこの本の中に書かれていることが、私はヨガのポーズの練習の中で十分に読み取ってきたものがあったからです。もちろん読んでみて、意味のわからないこともありましたが、その文の中から自分の中にある様々な思いとリンクしていきました。一つの文章から練習の中から沸き上がってきた色々思いと重なり合います。
これが「99%の練習1%の理論」というグルジの言葉かと思いました。
そして、まだ理解出来ない部分もきっと、練習の中から教えられることでしょう。

言葉とは不思議なものです。
今読んでいる本にとても共感できる文があったので、ご紹介します。


堅い意志はただひとつの理想に向かう。
決断力のないものは些細なことにとらわれて際限なく放棄する。
分別のないものは聖典の言葉を好んで口にするが、それは本当は正しくない。
彼らは俗世的な欲望を満たして天の報いを得ようとしてる。
彼らは美しい言葉を用いる。
彼らは快楽や権力を得るために特別の祭祀を行う。
しかし実際には人を再生の鎖につなぐカルマの法以外には何も知らない。
このような言葉には分別を奪われた者は快楽や権力に一層強く執着する。
彼らは心の統一を深めることはできず神と一致することはない。


この文はとても普段の私たちの生活とは切り離されている用に感じますか?
悟りを開くような修行の者のみのことばでしょうか?

私はそうは思いません。我々の生活の中で自然と起こっていることです。
わかったようなふりで、専門用語を並べ立て、自分の知識をひけらかしたり、自分の意志を伝えるのに本やことわざ、著名人の言葉で飾り立てたりして、自分を大きく見せたり、宇宙や愛、神、エコ、環境、、、、という言葉で飾りつけをして、とても素晴らしく崇高な行いのように見せたり。

期間限定でイベント的な催しをして、なんとなく繕ったり。
クリスマスやバレンタインもそうかもしれないし、ヨガのWSやダイエットもそうかもしれない。
それも「愛を確かめ合う」とか「集中して勉強」とか「短期間で効果的」とかそんな言葉を使うと様々なことが肯定され、良い行いになる。

イベントが悪いわけではないし、言葉には罪はない。
でも、言葉に踊らされてはいけないと思う。
それに向かう心が大切で結果を得るためのものではない。

そう言ってこうしてブログを書くのもおかしない話だけど。本の言葉を抜粋してるし(笑)
でも、それを読んで感じたことを自分の言葉で語りたいとは思っています。

私達は、いくらでも毎日の生活の中で学びがたくさんあるって思います。ヨガって特別な事じゃない!!サンスクリット語を理解できなくても、ヨガスートラやヴァガバットギータを暗記したり、読み解かなくても私はヨガを学んでいると堂々と言える!と、それをヴァガバットギータが教えてくれました。(ま、読んでおいた方がいいのかもしれませんが〜、読んで暗記すればいいってものではないでしょう)

やっぱ中身!心の内側が大事ですね。
行動の結果が大切じゃなくて、行動する意志が純粋であることの方が素敵♪
ヨガのポーズも一緒!どれだけポーズがとれたかが大事なのではなく、練習そのものが素晴らしいのです。

OM
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by prema8ryn | 2009-03-27 12:26 | yogiヘの道

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